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徒然なるままに「信仰心とは」

早朝に知人の息子さんからの電話。

「父が昨夜亡くなりました」その言葉を聞いて頑然とし暫し放心状態になりました。早く会いたいとその想いが強く出てお昼から拝顔させて頂きに参りました。この方大西さんと言われ私の前職の会社でお世話になった方ですが、本当にお世話になったのは、実はこの方が会社を辞められてからでした。今から約20年程前になりますが私の祖母が大病を患い後半年くらいの命だと医者に告知をされた時にたまたまこの話を大西さんにした時「おまえお婆ちゃんを本気で助けたいか?なら滝に入れ」と誘われ「この事はお婆ちゃんに言うたらあかんぞ」と口止めされそれから約1年間奈良の桜井にあるお滝で滝行をさせて頂きました。般若心経もままならないので、般若心経を覚えるCD付の書籍を購入しそれを車でかけて覚えながらも一心不乱に行をさせて頂いたのを今でも覚えています。そんなお陰を頂いて祖母は順調に回復し5年経過して寿命を全うしましたが、私の心の中に「他の人の事を想いしっかりと祈れば神仏は叶えてくださる」と信仰心が芽生えたのはその時でした。それから修験道に興味を持ち奥駈修行を経て山伏になることを報告しに行ったときに大西さんは大変喜んでくださりました。というのも大西さんのご実家は修験の霊峰大峯山にある宿場町洞川の出身で昔は多くの修験者を多く見てきた方ですが、ご自身は神道の道へ進まれて滝行により多くの方々の祈願や病気平癒に心血を注がれて来られました。そんな記憶からか共に滝行をさせて頂いた私が山伏になるというのは何かしらの縁と感じて頂いたのでしょうか。

昨年から大西さん自身が大病を患らわれたので私が大峯山での山行で御札を頂き渡しに行くと、突然2階に上がって降りて来られると手には大きな役行者の木像があり「これはうちでお祀りじゃなくおまえの所に行って祀って貰う方が喜びはる」と大切にされていた木像を授与頂き、今では毎月28日に神棚にて氏神様、お不動さん、役行者さまをお祀りさせて頂いております。あと木彫りの守り探しとくから取りに来いよ〜と声がけ頂き、また再会して談笑を楽しみにしておりましたが今日は再会しますとずっと寝ておられるままで談笑よりも涙が溢れぱなしでした。寂しいのは勿論ですがこうして信仰心のきっかけを与えてくださり今では曲がりなりにも行者の端くれとしてさせて頂いてる事に感謝で一杯でした。普段世界や人々の平和を祈願しての祈願勤行は勉強させて頂いてますが、供養の為の回向勤行は無知で大切な人が亡くなっているのにも関わらず回向勤行が出来ないとはと情けなくなりましたが、当講の大先達に朝からお電話して知恵を拝借し、今日は自分なりに回向勤行を務めさせて頂きました。

「生老病死」般若心経や観音経を読むと出てくる言葉ですが、生まれてくるものに希望を、老や病には祈願を、死には回向を。行者にとっては生も死も大切な事を改めて気付いた次第です。最期に息子さんから木のお守りを渡され蓋を開きますと役行者さんが座っておられました。「父が渡したかったお守りです」と授与されました。これからの修験の道を歩んで行くときに道を踏み外さぬよう、また大西さんのように菩薩行を実践出来るように極楽浄土から見守って欲しいと思います。





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